ミスチルの深海はなぜ狂気で問題作なのに最高傑作になったアルバムなの?

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ミスチルのアルバムの深海は暗くて狂気でした。

名盤として有名な一枚ですね。
皆さんの中にも様々な思い入れがあるアルバムだと思います。

あなたはどんな時に聴きたくなりますか?

ファンの評価は最高傑作といわれています!ただミスチルファンには問題作・踏み絵とまでいわれています。

ミスチルの「深海」の発売時はとても衝撃的でした。ミスチルの作品の中でもいまだに問題作として位置付けられていますが、最高傑作ともいわれています

目次

ミスチルのアルバム深海は狂気だった?最高傑作・問題作の考察

ミスチルのアルバム深海とは?

深海』(しんかい)は、Mr.Childrenの5枚目のオリジナルアルバム。1996年6月24日にトイズファクトリーより発売されました。

収録曲は?

#タイトル時間
1.Dive1:36
2.「シーラカンス」4:40
3.「手紙」2:49
4.「ありふれたLove Story ~男女問題はいつも面倒だ~」4:27
5.「Mirror」2:58
6.Making Songs1:07
7.「名もなき詩」5:28
8.「So Let’s Get Truth」1:48
9.臨時ニュース0:15
10.「マシンガンをぶっ放せ」4:26
11.「ゆりかごのある丘から」8:52
12.「虜」4:17
13.「花 -Mémento-Mori-」4:42
14.「深海」

リリースの背景は?

前作『Atomic Heart』から約1年10ヶ月ぶりのアルバムであり、初のコンセプト・アルバムとして発売まえから話題になっていました。

通常盤のみの発売で、発売の際に大量の初回ロットの不良が発生した。

ジャケットは桜井がアンディー・ウォーホルの「電気椅子」のようなものを、とリクエストしたことによります。

レコーディングは大半がニューヨークのウォーター・フロント・スタジオで1995年12月下旬から1996年3月にかけて行われた。60-70年代のビンテージ機材を使用したアナログレコーディング。

本アルバム発売時にすでにリリースしていた、6thシングル『Tomorrow never knows』・7thシングル『everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-』・8thシングル『【es】 〜Theme of es〜』・9thシングル『シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜』は本作のテーマにそぐわないという理由で未収録となっている。

本作の収録曲でミュージック・ビデオが製作されたのは「花 -Mémento-Mori-」の1曲のみです。

深海はBOLELOの中の一曲

発売前の雑誌には「青盤(『深海』)」と「赤盤(『BOLERO』)」による2枚組という情報も流れていました。

桜井は「『深海』は『BOLERO』の中の1曲として捉えている」と語っており、曲ごとにトラックで分けず全体で1トラックにすることも考えていました。

アルバム名はシーラーカンスの予定だった

 そのため全曲にはほぼ曲間がなく、いくつかの曲はノンストップで繋いでいるのです。

 当初桜井はアルバムタイトルを『シーラカンス』にしようと考えその旨をメンバーに話したところ「深海?」と聞き返され、それが非常に強く印象に残ったため最終的に『深海』をタイトルに採用した。

深海でのシングル曲

名もなき詩

「名もなき詩」が当時歴代最高の初動週間売上となる約120.8万枚を記録し、ミスチル人気は絶頂を迎えていた。最終的な累計売上は230.9万枚でした。フジテレビ系ドラマ『ピュア』主題歌。

花 -Mémento-Mori-

初週売上は63.9万枚で、ノンタイアップシングルの初週枚数ではB’zの「ZERO」が記録した61.5万枚を上回り、ノンタイアップ曲の初週歴代1位となりました。累計売上は153.9万枚です。

深海はなぜ狂気だった?最高傑作・問題作アルバムの考察

中高生のころに深海を毎日のように聞いていました。

それはmr.childrenのアルバムだったのですが、初めて聞いたときはなんて暗い曲で全然ミスチルっぽくなく、変なアルバムを作るんだな。

それなら、tomorrow never knows とかなんでアルバムに入れないのだろう。もっとポップのアルバムをつくればよいとおもっていましたが、なぜか毎日聞いていました。

気分が盛り上がってる時に聞くようなアルバムではないと思います。
気分が沈んでいるときは、深海を聞いてどっぷり深海の世界観にはまっていってしまいます。

とても重く暗い音楽であり、毎日毎日きいていたため、それが人間形成に大きな影響を与えてしまった可能性もあると思います。そういった意味でも、中高生の心理には与えた影響は大きな問題作であったアルバムであったと思います。

なぜ狂気のあるアルバム【深海】を桜井和寿はつくった

Mr.Childrenは日本を代表するミュージシャンであります。今では爽やかなロックバンドですよね。だけれども、活動の中でボーカルの桜井和寿が特に病んでいた時期、鬱だった時期があります。


それがミスチルが人気絶頂だった90年代半ばから後半にかけての時期です。


94年、「イノセントワールド」で大ブレイクを果たしたミスチルは、その後リリースするシングルは毎回100万枚のミリオンヒットを飛ばし、アルバムを出せば300万枚以上売れるという超ビッグバンドになっていきます。


CDが売れた時代とはいえ、出すたびに100万枚以上が当たり前ということは当時から見てもすごい事。
94年から97年までリリースした作品はほぼすべてミリオン超えである。
「ミスチル現象」という言葉も生まれ、その規模は社会現象にまで至った。


そんな大ブレイクを果たしたミスチルだったが、本人達の状況は世間とは正反対に追い込まれていった。

もともと「売れる」ということが夢だったミスチル桜井和寿は、当然このとき夢が叶った状況となる。
当時のバンドで1番売れていた、曲を出せば100万枚は当たり前、テレビや雑誌に引っ張りだこ、ライブも大盛況、夢のような話だ。
しかし売れるということは思っていたものとは違ったそうだ。

ミリオンヒット連発、しかし売れた先には何もなかかった

ミスチルが大ブレイクを果たすと、ファンももちろん急増、マスコミもミスチルを追います。

 
 もちろんボーカルの桜井和寿の注目度が1番高く、常にマスコミに追われている状態でした。

 ファンが家まで押しかけてくる状態となる。90年代はまだテレビ業界は規制が緩かったときであり、マスコミのやりたい放題の追い回し方に苦労したとおもいます。

 ファンが家まで押しかけてくることもありました。

 本人は当時の雑誌のインタビューで「本当に辞めてほしい」と語っています。


ミスチルはこの頃から「自分たちのことを気にするよりも、音楽を聴いてほしい」という意思は変わらない。

前妻との結婚、吉野美佳との不倫、精神的にも病んでいた

この頃のミスチルというのはテレビに出ることを非常に嫌がっていた。
今よりもテレビに出ていたのだが、テレビに出るたび、曲をリリースするたびに桜井は髪型を変えている。

それは新しい髪型にすれば、プライベートで街に出たときにファンやマスコミに気づかれにくいからだそうだ。


当時の桜井はプライベートで声をかけられることについて音楽番組に出た際に「本当に嫌ですね」と語っている。

今では髪型を曲をリリースするたびに変えるなんて考えられないが、この時のPVなどを見てみると作品ごとに違う。

更に桜井はこの頃プライベードでも辛かった時期だと語っている。

ミスチル桜井は94年に前妻と結婚している。
ミスチルが売れる前からの付き合いで、同じレコード会社の社員で年上の女性だったそうだ。結婚もしてすでに1人娘もできていた。94年に生まれたので最初のお子さんは今では20歳近いのだろうか…

成功も手にし、結婚し子どもも作った、端から見ればすべて上手くいっているように幸せそうに見える。

しかし、ミスチルが大ブレイクを果たすとお互いの気持ちは変化していったのかもしれない。
結婚生活は徐々に悪い方向へ進んでいったのかもしれない。

そして桜井は現在の奥さんである、元グラビアアイドルでもある吉野美佳と知り合うこととなる。
グラビアアイドルグループ「ギリギリガールズ」の吉野美佳とMr.Childrenの桜井和寿。
玉の輿とはこのこと。当時桜井は20代後半、吉野美佳は20代半ばであった。

大ブレイクしてファンやマスコミに追われ続け、病んでいた桜井は、吉野との出会いによって心の拠り所を見つけることとなるりました。

マスコミとファンに付きまとわれ、結婚生活も上手くいかず、どこにも安心できる場所がなかった桜井が、唯一落ち着ける場所が彼女だったということだ。
前妻との関係はまだ続いていた状態であったため、世間的に見れば「不倫」をしていたことになる。
このこともマスコミの格好の餌食になっただろう。

名盤「深海」が生まれた

そういった辛い状況、不安定な精神状態であった当時のミスチル桜井。

それは当然音楽作品にも影響を及ぼしている。

この頃に作られたアルバム「深海」という作品です。

深海がうまれた

精神状態はさいあくだったかもしれません。

特に「深海」は邦楽史上においてこんなに優れたアルバムはないと断言したいです。


よくピンクフロイドのアルバム「狂気」と酷似していると言われているが、それもわざとかもしれない。この頃のミスチルは洋楽っぽくしていたと桜井自身が過去に言っている。


アルバム全体に繋がりがあり1つの映画を見ているようなアルバムになっている。

「シーラカンス」「虜」「深海」といったダークなサウンドで暗く沈んだ歌詞なのは、当時の桜井の精神状態が大いに関わっている。

桜井本人はアルバム「深海」についてあまり良く思っていないことを度々語っている、20代は辛かったと言っていたこともある。
ファンや音楽リスナーからはかなり愛されているアルバムである。

2000年でミスチルは解散していたかもしれない

2000年、アルバム「Q」をリリースした後、ミスチル桜井はこんなことを言っている。

「もうMr.Childrenでできることはすべてやり切った」

桜井和寿はミスチルの解散を考えていたようです。

もしここでミスチルが解散していたらいわゆる「伝説のバンド化」したんじゃないかと言われている。
しかしミスチルは解散しなかった、次のステージへ進んでいった。

アルバム「深海」「BOLERO」と「DISCOVERY」「Q」の頃で2期に活動を分けることができる。

深海のミスチルの荒々しさというか桜井が病んでいたこともあって、ミュージシャンとして音楽作品としても魅力が溢れている。


今でも深海は聞きますがやはり狂気にみちています。
それはやはり精神的に追い込まれていると、素晴らしい作品を生み出せるという芸術家ならではの気質のせいとおもいます。

Mr.Childrenにもそういった時期があった、今となっては遠い過去の話になるかもしれない。しかし、この頃のMr.Childrenが生み出した作品は今でも聴き続けられ愛されている。

不倫などがあり女性ファンがへり、宗教的や男性ファンがふえたかもしれませんね。そこが狂気に満ちたアルバムなのです。

まとめ

ライブのパフォーマンスも今とはまったく違う。
今では観客ととても近い姿勢で、何回も煽りを入れながら観客を楽しませるパフォーマンスをするミスチル桜井だが、この頃は自分たちを「魅せる」ことに徹底している。観客とのコミュニケーションはほとんどないと言ってもいい。
そしてそこがカッコよくて仕方がない。ミスチルメンバー達のビジュアルもこの頃が1番色気があったり若さゆえギラギラしている。
桜井28歳~30歳のときである。

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