櫻井 俊(さくらい しゅん、1953年〈昭和28年〉12月14日 – )は、日本の郵政・総務官僚、実業家。総務事務次官、株式会社電通グループ代表取締役副社長などを歴任
櫻井俊は櫻井翔の父総務省の経歴であることは有名かもしれません。!年収や職業で電通であったこともご存じですか!学歴?昔・若い頃!画像!総務省の経歴!事務次官!実家についてお伝えしますね。
最後までお読みください
生年月日:1982年1月25日
出生地:東京都
血液型:A型
職業:タレント、歌手、俳優、司会者、キャスター
デビュー:1999年
櫻井翔の父親は櫻井俊さんの現在!職業は総務省元事務次官!学歴
櫻井俊は櫻井翔の父で経歴・学歴は元事務次官の東大法学部卒
群馬県前橋市出身です。
群馬大学教育学部附属中学校、群馬県立前橋高等学校を経、1977年(昭和52年)に東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業します。
櫻井さんのお父さんは東大法学部卒で、総務省の事務次官を務めました。結婚した弟さんも慶應卒で、大学在学中はラグビーに打ち込んでいたスポーツマンです
落語家の立川談之助は桜井とは中学校から前橋高校まで共に同級生で親交が深い間柄でもある。また、桜井の2代前の総務事務次官を務めた岡崎浩巳は前橋高校の同級生である
母校の群馬県立前橋高等学校京浜同窓会会長も務めています。
生誕 櫻井 俊
1953年12月14日(68歳)
日本の旗 日本 群馬県前橋市
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学法学部第2類(公法コース)
職業 元郵政・総務官僚
活動期間 1977年 –
肩書き 株式会社電通グループ代表取締役副社長
櫻井俊の実家!昔・若い頃
父親(櫻井翔さんの祖父)三男さんは地元紙・上毛新聞の幹部です。
家では仕事の話はせず代わりに家のことも何もしない昔気質な人で、
子供達に対しても英語習得の重要性を説く以外は勉強を強要することもなかったといいます。
しかし、自主的に勉強するタイプだったのか桜井俊さんは子供の頃から優秀で、地元の名門・群馬県立前橋高校
に入学し、高校を卒業すると東京大学法学部へ進学しました。
新卒で旧郵政省に入省した。その後、電気通信局電気通信事業部事業政策課長などを歴任し、日本電信電話の再編などの通信事業の自由化を主導した
櫻井俊の職業は総務省?
父・俊さんは、群馬県出身で、群馬県立前橋高等学校→東大法学部を出たスーパーエリート。
旧郵政省に入省し、総務省官僚の「ナンバー1」ポストである事務次官にまで昇り詰めました。櫻井俊さんの群馬の実家もハイスペックです。
父方の祖父は、高校教師を経て、群馬県の上毛(じょうもう)新聞で健筆をふるった人物。編集部長、企画室長、高崎支社長などを務めた後、最後は専務取締役まで務めました。
俊さんの妹にも2人の子供がいて、長男は前橋高校を経て医大に入り、お医者さんになっています。次男も前橋高校を経て、現役で東大に合格。
現在は銀行員をしているそうです。
櫻井俊の年収!電通
櫻井俊の元総務省官僚での年収
櫻井翔さんの父・桜井俊さんは元総務省官僚です。
年間数千万円の給与をもらっていましたが、退官後は日本最大の広告代理店の役員となり、さらなる高額報酬を得ているようです。
事務次官は2300万円です。内閣官房内閣人事局作成の「国家公務員の給与(平成30年度版)」には国家公務員の給与のモデル給与例(平成29年度)が掲載されています。
それによると事務次官の年間給与額は約2300万円。
桜井俊さんが事務次官だった時期(2015年7月~2016年6月)とは1年程ずれますが、これと類似の額だったのではないかと思います。
櫻井俊の電通入社で年収
退官から約2年半後のなんと電通に入社しています。電通は言わずと知れた日本最大の広告代理店。博報堂よりもつよいですよね。
桜井俊さんが勤めていた総務省は広告媒体たるテレビ事業等を所管する役所なのです。
総務省時代と同様ここでも着々と出世を重ねています
2018年1月:執行役員
2019年3月:取締役執行役員
2020年1月:取締役副社長執行役員
なんと電通で取締役副社長執行役員まで上り詰めているんですよね。副社長ですよ。すごいエリート次男もコネとおもわれてしまいますよね。
副社長は桜井俊さんを含め2人います。
電通本社の代表権を持つのが社長と桜井俊さんの2人のみであることからも、桜井俊さんが電通のNo.2であるように見えます
電通役員は5000万円以上といわれています。
まとめ:年収は息子が上?
いかがでしたでしょうか。櫻井俊は櫻井翔の父!年収や職業で電通!学歴?昔・若い頃!画像!総務省の経歴!事務次官!実家についてお伝えします。
お父さんが優秀なのはわかりました。年収も凄いことがわかりました。
ただ、桜井翔のほうが年収を稼いでそうなところもまたすごいです。
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